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あまいあまい、魔法の言葉
「・・・っ痛ぅ」
小さな声に振り向けば、唯一、この城で政宗以外に自由に庭に出入り出来る少女の姿があった。
演習場とは全く趣の違うこの庭は、来客時に人を通す部屋に近く、普段は人通りも少なくて、きれいに整えられている。よそ行きの顔。といった風情のこの庭においそれと足を踏み入れられる者は少なく、誰の許可も得ずにそれが出来るのは城主である政宗と側近の小十郎。そしていつきくらいのものだ。
今は城の者達ともだいぶ打ち解けて笑顔も見せるようになったが、ここに連れられて来てからしばらくは誰とも口をきくこともなく、一人ふさぎ込んでいた。そんな彼女が少しでも元気になれば。と、この庭を見せてやると、いたく気に入ったようで、それならば。と、政宗が彼女に庭への出入りを自由にして良いと許可し、元気になった今でも、その約束は有効だった。
「珍しいだな。一人でここに来るなんて」
この美しい庭を政宗も気に入っているのは知っていた。けれど、彼はそれよりも演習場に向かっている方が多い。一人で庭を眺めている姿を見たのは初めてだった。
「ガキの頃はしょっちゅうだったんだがな・・・」
ここは一人になれたから。
ヒステリックな母の嫌味と嫌悪にまみれた言葉も、不安と落胆の混じった城内の者達の口さがない噂話も聞かずに済む場所・・・
一人空を見上げ、吹き抜ける風にその身を晒し、ただそうしているだけでも良かった。落ち込んだ気持ちも少しは晴れるような気がした。全て、幼い頃の遠い記憶。
だから、いつきがこの庭を眺めて佇んでいる姿を見て、そこにかつての己を見た。
少しでも、あの頃の自分のようにこの場所を得ることで安らげるなら。と、立ち入りを許したのだ。
「それよりどうした?怪我でもしたのか?」
「違うべ。ただ、口を開けたら・・・」
よくよく見れば、唇から血がにじんでいる。
「Ah ・・・舐めてたんだろ」
小さく笑うと、いつきは気まずそうにうつむく。そういえば寒さも厳しくなってきて、手が荒れてしまうと女中達が言っていたのを思い出した。
「薬があるぞ。ほら」
来い来い。と手招いて、自室に向かう。滅多に人の入らない政宗の自室に足を踏み入れても良いものかと戸惑っていると、何してんだ早く来い。と呼ぶ声がする。
おそるおそる入ってみれば、部屋の隅にはうず高く積まれた書物。机の上には硯箱(つい最近そういうものだと小十郎から教えて貰ったばかりだ)と、広げられたままの紙。
薬箱を引っ張りだし、その引き出しを開いて、小さな貝殻の器を取り出すと、政宗はいつきの正面に座って、じっとしてろ。と言う。
ただでさえ入ったことのない政宗の自室。見たことのないほどの量の本と、圧倒されていたから、いつきは緊張したように正座をして、言われた通りにじっとしていた。
指で貝殻の中の薬をすくい、政宗はそれをいつきの唇に塗り付けた。突然のことにびっくりしたが、いつきは黙ってされるがままにしている。すぐに政宗の指は離れて、それからじっと、いつきを見つめる。
「OK. もういいぞ」
ちょっとだけ舐めてみると、甘くて苦い味がする。苦いのはともかく、この甘いものは少しだけ覚えがあった。これは何だろう。と訊ねるより先に、政宗は笑って教えてくれた。
「Honey に薬草を混ぜたものだ。舐めると落ちちまうからな。しばらくは我慢しろ」
言われて慌てて舌をしまう。薬の苦さは好きではないけれど、ちょっとだけ触れた時の唇の甘さは、いつきにとっては誘惑だ。
「そんな顔すんなよ。ちゃぁんといい子にして我慢したら、Sweet で美味しい菓子をやるから」
笑って言われて、ぐっと我慢をした。政宗が美味しいというものは、本当に美味しいものばかりだったから。きっとその菓子というのも、はちみつみたいに甘くて美味しいに違いない。
「また切れるようなら、声かけな」
いつでもつけてやるから。と言われて、素直にいつきはうなずいた。
それは冬のある日の出来事。
またもや日常小咄。筆頭!それは微妙にセクハラです(笑)
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