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初めて見る世界
いずれ城の中の者達と顔を合わせることになるかもしれないが、今はまだいいだろう。ということで、いつきは政宗の部屋から下がった。そのまま案内された部屋は大きく、どうしたものかと思案する。
とにかく寒いので、用意されていた火鉢の傍に寄り、手足を暖める。あの侍がお殿様だったのには驚いたが、なるほど言われてみれば確かに、あの小十郎という人も、陣にいた年かさの男達も、彼に対しては丁寧だった。
兜をしていた時には判らなかったが、先ほど見た感じだと、まだまだ若い。それでもあの迫力は、部屋の中にいても変わらなかった。
あれが、殿様というものなのか。
自分達農民とは明らかに違う。器というものなのだろうか。とにかく、一人になってようやく手足を自由に伸ばすことが出来た。
考えればいいとあの殿様は言ったが、考えて判るものなのか。という不安が拭えない。生まれてからこのかた、田畑を耕し、育てることしかしてこなかった。他のことをするなんて、考えたこともなかったのだ。あとは・・・
そういえば、あの槌はどうなったのだろう。取り上げられて、壊されてしまったのだろうか。神様からの預かりものなのに。
もしかしたら、神様には見捨てられるかもしれない。自分が生き残ってしまったことで神様が怒って、村に何か災いがなければいいのだが。ふと、そんなことを考える。
もう、あの声を聞くことも叶わないかもしれない。こんなふうに侍についてきてしまった自分では。けれどもう、後悔はなかった。
ただ、もしも何か罰が下るのだとしたら、自分だけに。それだけはひっそりと祈っておく。
村の人達にも、そして、この城の殿様にも、ひどいことはありませんように。
何だかんだいって、いつきが今まで生きてこられたのは、村の人達のおかげなのだ。そして、あんな状況にあって、それでもいつきを生かしてくれて、きっかけをくれたあの殿様。
許されようというのは虫のいい話かもしれない。それでも、祈らずにはいられない。
小さく息を吐いたその時、声がかけられた。
「政宗様」
宴の酒にほろ酔い加減のまま、部屋に下がろうとしたところで声をかけられる。振り向けば、小十郎が眉をひそめたような顔をして立っていた。
「先ほど台所から・・・」
報告を受けて、政宗の眉間に皺が寄った。
「Hey Girl!」
突然乱暴に戸が開けられ、いつきはびっくりして飛び上がった。
「聞いたぞ、夕餉を摂らなかったんだと?」
ずかずかと足音も荒く部屋に入り込んで、政宗はいつきの正面にどっかと座った。
「しかも、箸に手もつけなかったそうじゃないか。一体何考えてんだ」
呆気にとられて言葉もないいつきとは反対に、政宗は次々と矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「何が気にいらない?そんな痩せっぽちな体して、食わないと倒れるぞ」
「だ、だって」
そりゃあ、いつきだって腹は減っている。もともと一揆を起こすくらいなのだ。ここ数日はほとんど何も食べていないに等しい。だが、政宗に引き合わされる前に、女中達が饅頭をどうかと言ってくれたのだが、実はこれも断っていた。
「大体、忙しい台所が、お前のために合わせて作ってくれたもんを残すたぁ、どういう了見だ」
「へェ!?おらのために・・・?」
先ほど出されたのは、鍋に入った温かそうな粥と漬け物。そして、野菜を煮付けたものだった。粥はこれまでいつきが見たこともない白米のみでこしらえられていて、つやつやとしていたそれに、こっそり唾を飲み込んでいたのだが、勿論そんなことを政宗は知らない。
「腹減ってんだろうが。今更何をやせ我慢する必要があるってんだ」
途端に、まるで示し合わせたかのように、いつきの腹の虫がくぅ。と切なげな声を上げた。
「ほれ見ろ。今持って来させるから、ちゃんと食えよ」
「だ、だども」
「あぁ?」
斜に見下ろすような視線。何とも迫力のあるそれをしかし、いつきは正面から受け止めた。
「おらだけが、食う訳にはいかないべ」
着物に皺が寄ってしまうことも忘れ、いつきはぎゅっと裾を握る。
「皆、戦が終っても苦しいのに、おらだけ食う訳にはいかねぇだ」
Ah〜.と、政宗は少し考えるように頭を掻き、それから大きな溜息をついた。
「そんなことを気にしてたのか?」
「そんなこととは何だべ!」
びしっと目の前に指が突き付けられる。
「お前が今食べなかったところで、その飯がお前の村の者に回される訳じゃねぇ。お前が準備されなかった飯を食わなかったらどうなる?準備されたもの全部、捨てる羽目になるんだぞ」
食うもんがなくて困る奴のことを思うのはいいが、だからといって、お前が食わないものを捨てるのは、もっとどうしようもないことなんじゃないのか?
「だ、だって・・・」
「だってもクソもねぇ。そういうことだろうが。それともお前は、お前の食べ残しを食えと、俺の部下達に言うつもりか?」
「違うだ!そんなことねぇ」
無駄になど出来る訳がない。あの粥の米ひと粒にまで、作った者達の思いや苦労が篭っているのだ。
「だったら、ちゃんと出されたモンは食え。もし最初から食えねぇんならそう言っとけ。Understand?」
彼の言い分は確かに通っている。かなり強引な考え方ではあるが・・・
「すまなかったべ・・・」
判りゃぁいい。と、うなずいて、政宗は声を上げる。傍の部屋に控えていたのであろう侍女が、部屋に顔を出した。
「まだ始末してないんだろう?暖め直して運んでやれ。ああ、俺も食うから二人分な」
「かしこまりました」
ひとつ頭を下げて、侍女は部屋を出る。残されたいつきは、どうにも落ち着かない気持ちで下を向いた。
「そうかしこまるなよ。どうせお互い、刀を合わせたんだ。何も知らない訳じゃねぇだろう」
「だども、おさ・・・殿様は」
「それだ」
突然言葉を遮られる。何かと思えば、政宗はむっとしたような表情でいつきを見ていた。
「侍だとか殿様だとか。俺はお前を呼ぶ時に農民。とは呼ばないだろうが」
でも、名前も呼んでいない。ずっと彼はいつきのことを「お前」よばわりだ。
「殿様だって、お前としか呼んでないべ」
言われて気付いたように、政宗は目を見開く。それから少し考えて、膝を打った。
「そうか。悪かったな。じゃあ俺も気をつけるから、お前・・・いつきもそうしろ」
「何て呼べばいいだ?」
「政宗でいい。他の奴らが色々言うかもしれんが、まぁ気にするな」
一番近しい様子だった小十郎でさえ「様」付けなのに、たかが農民の自分が呼び捨てにしてもいいのだろうか。そう思ったが、政宗本人は至って本気のようだ。
「俺はお前の腕を買ってるんだ、いつき」
あれほどの力、大の男でもなかなかあるもんじゃない。迷い無く槌を振るうことが出来る度胸もなかなかのもんだ。と、楽しそうに語る政宗を見て、何となく判った気がした。
このお侍さんは、まるで子供だ。
戦場でのあの雰囲気もそうなら、こうして楽しそうに話しているのも本当。
不思議な人だ。あんな覇気をいつきは知らなかった。今だって、それが衰えているとは言わない。ただ、もっと親しみ易いものになっている。
「よく判んない人だな」
思わず口をついで出た素直な言葉に、また政宗はにやりと笑う。
「それでいい。物怖じしないでいりゃあ、直にここにも慣れる」
他愛無い言葉のやりとりが続く。いつきは政宗のことをよく知らない。政宗はある程度のことを知っているようだったが、そのことには触れなかった。
こうして人と話すのはどれくらい久しぶりだろう。運ばれて来た粥を口にして、その熱さに驚けば、正面に座って同じように粥を啜っていた政宗が笑う。
最後に誰かと食事を一緒にしたのはいつだっただろうか。たった一人の食事。それがどんなに寂しいものだったのかを思い知った。
粥は白米で、柔らかく薄めに作られていた。それと少しばかりの煮付けと漬け物は、いつきの体を内側から暖めてくれる。
「機会があったら礼を言っておけ。わざわざお前のために作ってくれたんだからな」
食べ終えた膳が下げられると、政宗はそれだけ言い残して部屋を出て行った。しばらくして、ここに連れられて来てから何度か顔を見た女中が布団の準備をしてくれる。
これまで寝たことのないふわふわの布団にわずかに心細さを感じたものの、一日の疲れもあって、いつきはその夜、夢を見ることもなく深い眠りについた。
2/22に若干手直ししました(内容に変更はありません)
とにかく寒いので、用意されていた火鉢の傍に寄り、手足を暖める。あの侍がお殿様だったのには驚いたが、なるほど言われてみれば確かに、あの小十郎という人も、陣にいた年かさの男達も、彼に対しては丁寧だった。
兜をしていた時には判らなかったが、先ほど見た感じだと、まだまだ若い。それでもあの迫力は、部屋の中にいても変わらなかった。
あれが、殿様というものなのか。
自分達農民とは明らかに違う。器というものなのだろうか。とにかく、一人になってようやく手足を自由に伸ばすことが出来た。
考えればいいとあの殿様は言ったが、考えて判るものなのか。という不安が拭えない。生まれてからこのかた、田畑を耕し、育てることしかしてこなかった。他のことをするなんて、考えたこともなかったのだ。あとは・・・
そういえば、あの槌はどうなったのだろう。取り上げられて、壊されてしまったのだろうか。神様からの預かりものなのに。
もしかしたら、神様には見捨てられるかもしれない。自分が生き残ってしまったことで神様が怒って、村に何か災いがなければいいのだが。ふと、そんなことを考える。
もう、あの声を聞くことも叶わないかもしれない。こんなふうに侍についてきてしまった自分では。けれどもう、後悔はなかった。
ただ、もしも何か罰が下るのだとしたら、自分だけに。それだけはひっそりと祈っておく。
村の人達にも、そして、この城の殿様にも、ひどいことはありませんように。
何だかんだいって、いつきが今まで生きてこられたのは、村の人達のおかげなのだ。そして、あんな状況にあって、それでもいつきを生かしてくれて、きっかけをくれたあの殿様。
許されようというのは虫のいい話かもしれない。それでも、祈らずにはいられない。
小さく息を吐いたその時、声がかけられた。
「政宗様」
宴の酒にほろ酔い加減のまま、部屋に下がろうとしたところで声をかけられる。振り向けば、小十郎が眉をひそめたような顔をして立っていた。
「先ほど台所から・・・」
報告を受けて、政宗の眉間に皺が寄った。
「Hey Girl!」
突然乱暴に戸が開けられ、いつきはびっくりして飛び上がった。
「聞いたぞ、夕餉を摂らなかったんだと?」
ずかずかと足音も荒く部屋に入り込んで、政宗はいつきの正面にどっかと座った。
「しかも、箸に手もつけなかったそうじゃないか。一体何考えてんだ」
呆気にとられて言葉もないいつきとは反対に、政宗は次々と矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「何が気にいらない?そんな痩せっぽちな体して、食わないと倒れるぞ」
「だ、だって」
そりゃあ、いつきだって腹は減っている。もともと一揆を起こすくらいなのだ。ここ数日はほとんど何も食べていないに等しい。だが、政宗に引き合わされる前に、女中達が饅頭をどうかと言ってくれたのだが、実はこれも断っていた。
「大体、忙しい台所が、お前のために合わせて作ってくれたもんを残すたぁ、どういう了見だ」
「へェ!?おらのために・・・?」
先ほど出されたのは、鍋に入った温かそうな粥と漬け物。そして、野菜を煮付けたものだった。粥はこれまでいつきが見たこともない白米のみでこしらえられていて、つやつやとしていたそれに、こっそり唾を飲み込んでいたのだが、勿論そんなことを政宗は知らない。
「腹減ってんだろうが。今更何をやせ我慢する必要があるってんだ」
途端に、まるで示し合わせたかのように、いつきの腹の虫がくぅ。と切なげな声を上げた。
「ほれ見ろ。今持って来させるから、ちゃんと食えよ」
「だ、だども」
「あぁ?」
斜に見下ろすような視線。何とも迫力のあるそれをしかし、いつきは正面から受け止めた。
「おらだけが、食う訳にはいかないべ」
着物に皺が寄ってしまうことも忘れ、いつきはぎゅっと裾を握る。
「皆、戦が終っても苦しいのに、おらだけ食う訳にはいかねぇだ」
Ah〜.と、政宗は少し考えるように頭を掻き、それから大きな溜息をついた。
「そんなことを気にしてたのか?」
「そんなこととは何だべ!」
びしっと目の前に指が突き付けられる。
「お前が今食べなかったところで、その飯がお前の村の者に回される訳じゃねぇ。お前が準備されなかった飯を食わなかったらどうなる?準備されたもの全部、捨てる羽目になるんだぞ」
食うもんがなくて困る奴のことを思うのはいいが、だからといって、お前が食わないものを捨てるのは、もっとどうしようもないことなんじゃないのか?
「だ、だって・・・」
「だってもクソもねぇ。そういうことだろうが。それともお前は、お前の食べ残しを食えと、俺の部下達に言うつもりか?」
「違うだ!そんなことねぇ」
無駄になど出来る訳がない。あの粥の米ひと粒にまで、作った者達の思いや苦労が篭っているのだ。
「だったら、ちゃんと出されたモンは食え。もし最初から食えねぇんならそう言っとけ。Understand?」
彼の言い分は確かに通っている。かなり強引な考え方ではあるが・・・
「すまなかったべ・・・」
判りゃぁいい。と、うなずいて、政宗は声を上げる。傍の部屋に控えていたのであろう侍女が、部屋に顔を出した。
「まだ始末してないんだろう?暖め直して運んでやれ。ああ、俺も食うから二人分な」
「かしこまりました」
ひとつ頭を下げて、侍女は部屋を出る。残されたいつきは、どうにも落ち着かない気持ちで下を向いた。
「そうかしこまるなよ。どうせお互い、刀を合わせたんだ。何も知らない訳じゃねぇだろう」
「だども、おさ・・・殿様は」
「それだ」
突然言葉を遮られる。何かと思えば、政宗はむっとしたような表情でいつきを見ていた。
「侍だとか殿様だとか。俺はお前を呼ぶ時に農民。とは呼ばないだろうが」
でも、名前も呼んでいない。ずっと彼はいつきのことを「お前」よばわりだ。
「殿様だって、お前としか呼んでないべ」
言われて気付いたように、政宗は目を見開く。それから少し考えて、膝を打った。
「そうか。悪かったな。じゃあ俺も気をつけるから、お前・・・いつきもそうしろ」
「何て呼べばいいだ?」
「政宗でいい。他の奴らが色々言うかもしれんが、まぁ気にするな」
一番近しい様子だった小十郎でさえ「様」付けなのに、たかが農民の自分が呼び捨てにしてもいいのだろうか。そう思ったが、政宗本人は至って本気のようだ。
「俺はお前の腕を買ってるんだ、いつき」
あれほどの力、大の男でもなかなかあるもんじゃない。迷い無く槌を振るうことが出来る度胸もなかなかのもんだ。と、楽しそうに語る政宗を見て、何となく判った気がした。
このお侍さんは、まるで子供だ。
戦場でのあの雰囲気もそうなら、こうして楽しそうに話しているのも本当。
不思議な人だ。あんな覇気をいつきは知らなかった。今だって、それが衰えているとは言わない。ただ、もっと親しみ易いものになっている。
「よく判んない人だな」
思わず口をついで出た素直な言葉に、また政宗はにやりと笑う。
「それでいい。物怖じしないでいりゃあ、直にここにも慣れる」
他愛無い言葉のやりとりが続く。いつきは政宗のことをよく知らない。政宗はある程度のことを知っているようだったが、そのことには触れなかった。
こうして人と話すのはどれくらい久しぶりだろう。運ばれて来た粥を口にして、その熱さに驚けば、正面に座って同じように粥を啜っていた政宗が笑う。
最後に誰かと食事を一緒にしたのはいつだっただろうか。たった一人の食事。それがどんなに寂しいものだったのかを思い知った。
粥は白米で、柔らかく薄めに作られていた。それと少しばかりの煮付けと漬け物は、いつきの体を内側から暖めてくれる。
「機会があったら礼を言っておけ。わざわざお前のために作ってくれたんだからな」
食べ終えた膳が下げられると、政宗はそれだけ言い残して部屋を出て行った。しばらくして、ここに連れられて来てから何度か顔を見た女中が布団の準備をしてくれる。
これまで寝たことのないふわふわの布団にわずかに心細さを感じたものの、一日の疲れもあって、いつきはその夜、夢を見ることもなく深い眠りについた。
2/22に若干手直ししました(内容に変更はありません)
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