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バレンタインですから(笑)
「よぉ」
と言ってふらりとやってきた隻眼の侍の姿を見て驚いた。大体、彼の居城といつきの暮らすこの村は、いくら今は領土内とはいえ、かなりの距離がある。しかしこの侍は、たまにこうして無茶をやらかすのも最近は判ってきたから、驚きはしたけれど、最初の頃のように、見間違いかと目をこするようなことはなくなった。それは彼の家臣達からしたら、あまり嬉しくないことなのかもしれないが。
「今日はまた、何の用だ?まだまだ、今はなんもねぇぞ」
「Ah?俺がいつもタカりに来てるみたいに言うんじゃねぇよ」
「実際、似たようなもんだべ」
土産だと言ってちょこちょこと野菜やら何やらを持ち込んでは、結局村の皆と物々交換をして、何かしら持ち帰っているのを知っている。それは主に、彼の右腕である男に頼まれた野菜の種やら苗やらなのだが、いつきにしてみれば、何故わざわざ遠くの村に来てまでそれを求めるのかが判らない。
「また馬に無理させて来たんだべ。労ってやらねぇと、いつか振り落とされっぞ」
眩しそうに見上げる青い衣の侍を見下ろして、再び作業に取り掛かる。
冬の長いこの地には、深い深い雪が降り積もる。一日放っておけば、家なんて簡単に潰れてしまう。
小さくてみすぼらしくて⋯眼下に見える侍の住む処とは比べ物にならないような家でも、ここはいつきの城だ。失うわけにはいかない。
村の皆は手伝うと言ってくれるが、皆だって、それぞれに守らねばならない家と家族がある。幸い、力には自信があるから、小さなこの家ひとつくらいはなんとかなる。
「手伝ってやろうか?」
いつの間にか屋根に上がり、隣に立った侍を、またいつものように見上げる。鎧兜を取ったその姿を初めて見た時は、思ってたよりずっと若くて驚いたものだ。
「そんただことしてたら、帰れなくなるぞ」
「そしたら泊めてくれんだろ」
「冗談言うな。図々しいにもほどがあるべ」
It's a joke. と、肩を竦めるその顔は笑っている。鋭い目つきの恐い侍だとばかり思っていたのに、言葉を交わして、きちんと正面から向き合ってみれば、案外子供っぽいところもあるのだと知った。
だからだろうか、ついつい、『お殿様』であることを失念してしまいそうになる。
「そうそう、今日はお前を連れに来たんだ」
「は?」
見上げた顔に影がかかる。あっという間にいつきは荷物のように侍の小脇に抱えられていた。
「なっ、何するだ!」
暴れようとしたら、落ちるぞ。と言われて下を見る。いくら雪が深いとはいえ、屋根の上。しかも抱えられているから普段よりも目線が高い。これにはちょっとぞっとした。
「オラお前等!ちゃんと役に立てよ!」
大きな声につられるように、四方八方から歓声が上がる。何事かと目をぱちくりして、よくよく見れば、伊達軍の若い衆が、あちこちの家の屋根に上って、雪掻きの手伝いをしているらしい。
「なして⋯」
「先の戦で、若いのが大勢怪我してるだろうと思ってな。同じ雪国に暮らすよしみだ。こっちの余ってる手ェ貸すくらいはいいだろう?」
不覚にも、目頭が熱くなった。彼の言う通り、若い衆は怪我が治りきっていない者も多く、それもあって、雪掻きが困難になっていたのだ。
「あ、ありがと⋯」
「おう」
一瞬、状況も忘れてしまった。しかし未だいつきは抱えられたままで、そしてそのまま、危なげもなく侍は屋根から飛び下りた。
「政宗様。いくら何でも無茶をしすぎです」
聞き慣れた声にそちらを向けば、いつの間にか、頬に傷のある男が馬を連れてそこにいた。
「それではまるで人攫いです」
「ちゃんと村の奴等には言ってあるんだ。No problem. だろ」
ようやく降ろされたかと思えばそこは地面ではなく馬の上で、やれやれと言いながらも、男がその後ろに乗り込む。
「すまんが、しばらく政宗様に付き合ってやってくれ」
「だども、おらだってそれなりに忙しいんだども」
「No problem だって言ってんだろ。ちゃぁんと後のことは頼んである」
自分の馬に飛び乗って、政宗はもう一度、兵達に喝をいれる。そうして二頭の馬は、雪の中を駆け出した。
「こじゅろうさも大変だな」
馬を奔らせ、彼等の城に辿りつく頃には陽も暮れてしまい、さすがに今から帰るとは言えない。いつきは諦めて、通された部屋で足を伸ばす。
なんだかんだで、ここに来るのは初めてじゃない。勝手知ったる・・・とまではいかないが、それなりに城の者達とも面識が出来てきている。
中でも政宗の側近の片倉小十郎は一番言葉を交わすことの多い人物で、最初はその頬の傷と、鋭い目つきに怯えたものだが、今では随分と仲良くなっている。
「悪かったな。いきなりで」
「まぁ、いつものことだべ」
ちょっと気取ったように大人ぶって言えば、小十郎は小さく笑う。この少女はいつの間にか彼等の中で馴染んでいて、政宗ではないが、かまってやりたくなるというものだ。
「人のいない間に何勝手なこと言ってんだ」
菓子鉢を片手に、苦笑しながら政宗が部屋へと入ってくる。そうして手招きして、いつきを傍へ呼んだ。
「ほら、口開けろ」
いぶかしげに、しかし言われた通り口を開ければ、その中に何か放り込まれる。
「!?」
ぱくん。と口を閉じれば舌の上で溶ける、かすかに苦く甘いもの。
「Sweet だろ?」
素直にうなずけば、満足そうに笑う。長い指がもうひと欠片、それを摘むと、いつきは差し出されるそれに口を開く。
「Chocolate っていう、異国の菓子だ。珍しいと思ってな」
珍しいも何も、おそらく普通では、いつき達には一生口になんて出来ない代物だろう。それを惜しげもなく、政宗はいつきに食わせてやる。
まるで雛にエサをやる親鳥のようなその光景に、小十郎は笑いを噛み締めた。
こんなに屈託なく笑う少女と、それを見て、まるで少年のように素直に頬をほころばせる主人の姿は、こう言っては悪いが、なんとも可愛らしくさえ思える。
「まぁ、今回は、ちょこ・・・ちょこ・・・」
「Chocolate」
「その、ちょこれいとに免じて、許してやるだ」
食べ終えた後、わざとらしく頬を膨らませて言ういつきを見て、二人が笑ったのは言うまでもない。
奥州筆頭人攫い(笑)
ちょっぴりフライングですが、バレンタインなのでチョコレート小咄でした。
と言ってふらりとやってきた隻眼の侍の姿を見て驚いた。大体、彼の居城といつきの暮らすこの村は、いくら今は領土内とはいえ、かなりの距離がある。しかしこの侍は、たまにこうして無茶をやらかすのも最近は判ってきたから、驚きはしたけれど、最初の頃のように、見間違いかと目をこするようなことはなくなった。それは彼の家臣達からしたら、あまり嬉しくないことなのかもしれないが。
「今日はまた、何の用だ?まだまだ、今はなんもねぇぞ」
「Ah?俺がいつもタカりに来てるみたいに言うんじゃねぇよ」
「実際、似たようなもんだべ」
土産だと言ってちょこちょこと野菜やら何やらを持ち込んでは、結局村の皆と物々交換をして、何かしら持ち帰っているのを知っている。それは主に、彼の右腕である男に頼まれた野菜の種やら苗やらなのだが、いつきにしてみれば、何故わざわざ遠くの村に来てまでそれを求めるのかが判らない。
「また馬に無理させて来たんだべ。労ってやらねぇと、いつか振り落とされっぞ」
眩しそうに見上げる青い衣の侍を見下ろして、再び作業に取り掛かる。
冬の長いこの地には、深い深い雪が降り積もる。一日放っておけば、家なんて簡単に潰れてしまう。
小さくてみすぼらしくて⋯眼下に見える侍の住む処とは比べ物にならないような家でも、ここはいつきの城だ。失うわけにはいかない。
村の皆は手伝うと言ってくれるが、皆だって、それぞれに守らねばならない家と家族がある。幸い、力には自信があるから、小さなこの家ひとつくらいはなんとかなる。
「手伝ってやろうか?」
いつの間にか屋根に上がり、隣に立った侍を、またいつものように見上げる。鎧兜を取ったその姿を初めて見た時は、思ってたよりずっと若くて驚いたものだ。
「そんただことしてたら、帰れなくなるぞ」
「そしたら泊めてくれんだろ」
「冗談言うな。図々しいにもほどがあるべ」
It's a joke. と、肩を竦めるその顔は笑っている。鋭い目つきの恐い侍だとばかり思っていたのに、言葉を交わして、きちんと正面から向き合ってみれば、案外子供っぽいところもあるのだと知った。
だからだろうか、ついつい、『お殿様』であることを失念してしまいそうになる。
「そうそう、今日はお前を連れに来たんだ」
「は?」
見上げた顔に影がかかる。あっという間にいつきは荷物のように侍の小脇に抱えられていた。
「なっ、何するだ!」
暴れようとしたら、落ちるぞ。と言われて下を見る。いくら雪が深いとはいえ、屋根の上。しかも抱えられているから普段よりも目線が高い。これにはちょっとぞっとした。
「オラお前等!ちゃんと役に立てよ!」
大きな声につられるように、四方八方から歓声が上がる。何事かと目をぱちくりして、よくよく見れば、伊達軍の若い衆が、あちこちの家の屋根に上って、雪掻きの手伝いをしているらしい。
「なして⋯」
「先の戦で、若いのが大勢怪我してるだろうと思ってな。同じ雪国に暮らすよしみだ。こっちの余ってる手ェ貸すくらいはいいだろう?」
不覚にも、目頭が熱くなった。彼の言う通り、若い衆は怪我が治りきっていない者も多く、それもあって、雪掻きが困難になっていたのだ。
「あ、ありがと⋯」
「おう」
一瞬、状況も忘れてしまった。しかし未だいつきは抱えられたままで、そしてそのまま、危なげもなく侍は屋根から飛び下りた。
「政宗様。いくら何でも無茶をしすぎです」
聞き慣れた声にそちらを向けば、いつの間にか、頬に傷のある男が馬を連れてそこにいた。
「それではまるで人攫いです」
「ちゃんと村の奴等には言ってあるんだ。No problem. だろ」
ようやく降ろされたかと思えばそこは地面ではなく馬の上で、やれやれと言いながらも、男がその後ろに乗り込む。
「すまんが、しばらく政宗様に付き合ってやってくれ」
「だども、おらだってそれなりに忙しいんだども」
「No problem だって言ってんだろ。ちゃぁんと後のことは頼んである」
自分の馬に飛び乗って、政宗はもう一度、兵達に喝をいれる。そうして二頭の馬は、雪の中を駆け出した。
「こじゅろうさも大変だな」
馬を奔らせ、彼等の城に辿りつく頃には陽も暮れてしまい、さすがに今から帰るとは言えない。いつきは諦めて、通された部屋で足を伸ばす。
なんだかんだで、ここに来るのは初めてじゃない。勝手知ったる・・・とまではいかないが、それなりに城の者達とも面識が出来てきている。
中でも政宗の側近の片倉小十郎は一番言葉を交わすことの多い人物で、最初はその頬の傷と、鋭い目つきに怯えたものだが、今では随分と仲良くなっている。
「悪かったな。いきなりで」
「まぁ、いつものことだべ」
ちょっと気取ったように大人ぶって言えば、小十郎は小さく笑う。この少女はいつの間にか彼等の中で馴染んでいて、政宗ではないが、かまってやりたくなるというものだ。
「人のいない間に何勝手なこと言ってんだ」
菓子鉢を片手に、苦笑しながら政宗が部屋へと入ってくる。そうして手招きして、いつきを傍へ呼んだ。
「ほら、口開けろ」
いぶかしげに、しかし言われた通り口を開ければ、その中に何か放り込まれる。
「!?」
ぱくん。と口を閉じれば舌の上で溶ける、かすかに苦く甘いもの。
「Sweet だろ?」
素直にうなずけば、満足そうに笑う。長い指がもうひと欠片、それを摘むと、いつきは差し出されるそれに口を開く。
「Chocolate っていう、異国の菓子だ。珍しいと思ってな」
珍しいも何も、おそらく普通では、いつき達には一生口になんて出来ない代物だろう。それを惜しげもなく、政宗はいつきに食わせてやる。
まるで雛にエサをやる親鳥のようなその光景に、小十郎は笑いを噛み締めた。
こんなに屈託なく笑う少女と、それを見て、まるで少年のように素直に頬をほころばせる主人の姿は、こう言っては悪いが、なんとも可愛らしくさえ思える。
「まぁ、今回は、ちょこ・・・ちょこ・・・」
「Chocolate」
「その、ちょこれいとに免じて、許してやるだ」
食べ終えた後、わざとらしく頬を膨らませて言ういつきを見て、二人が笑ったのは言うまでもない。
奥州筆頭人攫い(笑)
ちょっぴりフライングですが、バレンタインなのでチョコレート小咄でした。
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