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闇に誘う手
どうして。と、声にならぬ声で叫ぶ。
誰かを傷つけたいと願ったわけじゃない。それでもいつだって、自分の周りには戦ばかりで、たくさんの血が流れ、命が消えていく。
ただ恐れおののき、そうしていつしか、思うようになった。
全ては、己が悪いのだと。
気性の激しい兄は戦を起こし、たくさんの人達を傷つける。誰もが兄を知っている。それをどこかで誇らしいと思いながら、ひどく疎ましいとも思う自分がいる。
いつだって自分は、ただの女。信長の妹。そんなふうにしか見られることはなく、そういった意識が、視線が、市をさいなませる。
信長の妹。そんな束縛から逃げることも叶わず、一人沈みこんで・・・
そうしていると、昏い昏い意識が己を取り巻いていくのを知った。あれらは全て、兄が殺した人達だ。そして、自分が助けられなかった人達・・・
幾人もの人が、「信長の妹」である自分を求めてきた。美しい人。愛しい人。儚げな貴女。同じような言葉で飾り立てても判る。死と隣り合わせに生きている自分を見て、誰が本心からそう思うだろう。
そうして求婚してきた者達の中の幾人もが死んだ。明日をも知れぬ戦乱の世。それが運命だと言えばそれまでのこと。けれど、それだって、もしかしたら違ったのかもしれない。
全て、市のせいなの・・・?
強すぎる兄の影響。禍々しくも強い、闇を従える人。傍にいるのが辛くて、けれど離れてしまったら、自分は一人きり。
このままこの魔王の傍で、たくさんの人達を巻き込んで・・・それが運命だというのなら、せめて堕ちた魂達への詫びを。
このまま朽ちて消えてしまいたかった。誰かが傷つくたびに、自分のせいだと己を責めた。そうしていると、どんどんと深い昏い闇に呑まれていって・・・
そこから救い上げてくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
その人は、他の誰とも違っていた。
市の前に現れて、視線を迷うようにあちこちに漂わせて決まりきった甘い台詞を並べる誰とも違って、真直ぐに市を見つめていた。
家のためにと定められた婚姻。そんなのは武家にとっては当たり前のことで、市の義姉である濃姫もそうやって嫁いで来た。美濃の斉藤道三の力は大きく、その娘ともなれば当然のことだったのだろう。そういう世の中だ。しかし少し違うのは、彼女は信長自らが望み、迎えに出た。結婚話を持ちかける前に単身、美濃にまで乗り込んで行ったのだ。
それがたとえ織田の勢力拡大のためだったとしても、信長自身の意志で彼女を迎えたのは事実で、だからその話を聞いた時は、市も驚いたものだ。
あの兄のことだから、周りの者達の勧めだけでそういったことを決めるとは思わなかったが、まさか自分が乗り込んで行って、求婚をするとは思わなかったから。
けれどそんなことは稀で、婚姻当日まで、相手と言葉を交わしたことがない。というのも少なくないことも知っていた。だから突然、お前は浅井に嫁ぐのだ。と言われても、ただ是と答えるしかなかったのだ。
初めて出会ったその人は、とても強い目をしていた。まっすぐで、まるで射抜くような瞳。見つめられると、昏い己の中を見抜かれてしまいそうで、市はたじろいだ。
「浅井長政だ」
強い光は、近づくと灼かれそうで、けれどこんなふうに市を真直ぐに見てくれるのは、兄達以外にいなかったから、ひどく緊張する。緊張して、思わずおどおどと目を逸した。
そうすると、大概の者は困ったような顔をするか、溜息をつくのだが、長政はそうはしなかった。
「良いか市。我等は夫婦となる。お前は浅井の・・・この長政の妻だ」
少しだけ言葉が柔らかくなったような気がして、顔を上げる。相変わらず厳しい表情をしているが、市には判った。
彼は、兄とは違う。
「そして私は、そなたの夫となる。我等二人で浅井を、この地を支えねばならぬ」
浅井の者として、もっと威厳を、自信を持て。顔を上げよ。そんなふうに俯いて暗い顔をするな。城主の妻がそんな顔をすれば、民や兵までが憂いてしまうではないか。
だから、と、初めてその表情が崩れる。少し困ったように眉を寄せて、それから小さく咳払いをして、視線を逸らす。
「その、せっかくの器量なのだ。もう少し、笑う・・・など、していろ」
隣で笑っていて欲しいのです。私のために笑ってくださいませんか。
かつて何人もの人達が言っていたどの言葉よりも、その言葉ひとつが嬉しいと思った。ただ傍にいて、自分の為に笑ってくれというのではなく、彼は、皆のために笑っていろという。
信長の妹。魔王の妹。そんなふうにしか見られたことはなかった。「市」はそういう存在だった。けれどこの人は、市を妻だといい、自分は市の夫だという。
ただの飾りや人形ではなく、「市」という人間として傍にいて、そして、共に浅井を支えよと言ってくれた。
それは、上手く言えないけれど、確かに「違う」と感じたのだ。何より...
「長政さまは、市の、夫・・・?」
「そうだ」
自分は長政のもので、長政は市のもの。「市」自身に与えられた。大切な人。
それならば・・・それならば、ただひとつ、この人を・・・
大切な人。市の長政さま・・・誰も傷つけないで。誰も触らないで・・・
「どうして・・・邪魔を、するの・・・」
長政さま。大切な。市の大切なひと。そして、その彼が愛して護るこの土地・・・
「邪魔を、しないで」
昏く深いところ。怖くて怖くて、でも逃げられないその場所。そこから湧き出てくるのは「誰か」の怨念ではなく・・・
「ふふふ・・・あははははは・・・」
いなくなればいい。市の大切なものを奪おうとする輩など。彼を害し、傷つけ、奪おうとする者など、ここにいてはならない。
嗚呼、長政さま・・・市は、貴方の妻なのです。
決して相入れぬと思っていたその闇はひどく心地よく、彼女を包む。地を這う闇をまとい、昏い微笑みを浮かべたその姿は、ひどく美しかった。
なんというか・・・毎度のことながら中途半端な感じになってしまいましたが(汗)色々と、連載ものの関係も含めて市について考えてみたりしているのですが、なかなか難しいですね・・・
誰かを傷つけたいと願ったわけじゃない。それでもいつだって、自分の周りには戦ばかりで、たくさんの血が流れ、命が消えていく。
ただ恐れおののき、そうしていつしか、思うようになった。
全ては、己が悪いのだと。
気性の激しい兄は戦を起こし、たくさんの人達を傷つける。誰もが兄を知っている。それをどこかで誇らしいと思いながら、ひどく疎ましいとも思う自分がいる。
いつだって自分は、ただの女。信長の妹。そんなふうにしか見られることはなく、そういった意識が、視線が、市をさいなませる。
信長の妹。そんな束縛から逃げることも叶わず、一人沈みこんで・・・
そうしていると、昏い昏い意識が己を取り巻いていくのを知った。あれらは全て、兄が殺した人達だ。そして、自分が助けられなかった人達・・・
幾人もの人が、「信長の妹」である自分を求めてきた。美しい人。愛しい人。儚げな貴女。同じような言葉で飾り立てても判る。死と隣り合わせに生きている自分を見て、誰が本心からそう思うだろう。
そうして求婚してきた者達の中の幾人もが死んだ。明日をも知れぬ戦乱の世。それが運命だと言えばそれまでのこと。けれど、それだって、もしかしたら違ったのかもしれない。
全て、市のせいなの・・・?
強すぎる兄の影響。禍々しくも強い、闇を従える人。傍にいるのが辛くて、けれど離れてしまったら、自分は一人きり。
このままこの魔王の傍で、たくさんの人達を巻き込んで・・・それが運命だというのなら、せめて堕ちた魂達への詫びを。
このまま朽ちて消えてしまいたかった。誰かが傷つくたびに、自分のせいだと己を責めた。そうしていると、どんどんと深い昏い闇に呑まれていって・・・
そこから救い上げてくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
その人は、他の誰とも違っていた。
市の前に現れて、視線を迷うようにあちこちに漂わせて決まりきった甘い台詞を並べる誰とも違って、真直ぐに市を見つめていた。
家のためにと定められた婚姻。そんなのは武家にとっては当たり前のことで、市の義姉である濃姫もそうやって嫁いで来た。美濃の斉藤道三の力は大きく、その娘ともなれば当然のことだったのだろう。そういう世の中だ。しかし少し違うのは、彼女は信長自らが望み、迎えに出た。結婚話を持ちかける前に単身、美濃にまで乗り込んで行ったのだ。
それがたとえ織田の勢力拡大のためだったとしても、信長自身の意志で彼女を迎えたのは事実で、だからその話を聞いた時は、市も驚いたものだ。
あの兄のことだから、周りの者達の勧めだけでそういったことを決めるとは思わなかったが、まさか自分が乗り込んで行って、求婚をするとは思わなかったから。
けれどそんなことは稀で、婚姻当日まで、相手と言葉を交わしたことがない。というのも少なくないことも知っていた。だから突然、お前は浅井に嫁ぐのだ。と言われても、ただ是と答えるしかなかったのだ。
初めて出会ったその人は、とても強い目をしていた。まっすぐで、まるで射抜くような瞳。見つめられると、昏い己の中を見抜かれてしまいそうで、市はたじろいだ。
「浅井長政だ」
強い光は、近づくと灼かれそうで、けれどこんなふうに市を真直ぐに見てくれるのは、兄達以外にいなかったから、ひどく緊張する。緊張して、思わずおどおどと目を逸した。
そうすると、大概の者は困ったような顔をするか、溜息をつくのだが、長政はそうはしなかった。
「良いか市。我等は夫婦となる。お前は浅井の・・・この長政の妻だ」
少しだけ言葉が柔らかくなったような気がして、顔を上げる。相変わらず厳しい表情をしているが、市には判った。
彼は、兄とは違う。
「そして私は、そなたの夫となる。我等二人で浅井を、この地を支えねばならぬ」
浅井の者として、もっと威厳を、自信を持て。顔を上げよ。そんなふうに俯いて暗い顔をするな。城主の妻がそんな顔をすれば、民や兵までが憂いてしまうではないか。
だから、と、初めてその表情が崩れる。少し困ったように眉を寄せて、それから小さく咳払いをして、視線を逸らす。
「その、せっかくの器量なのだ。もう少し、笑う・・・など、していろ」
隣で笑っていて欲しいのです。私のために笑ってくださいませんか。
かつて何人もの人達が言っていたどの言葉よりも、その言葉ひとつが嬉しいと思った。ただ傍にいて、自分の為に笑ってくれというのではなく、彼は、皆のために笑っていろという。
信長の妹。魔王の妹。そんなふうにしか見られたことはなかった。「市」はそういう存在だった。けれどこの人は、市を妻だといい、自分は市の夫だという。
ただの飾りや人形ではなく、「市」という人間として傍にいて、そして、共に浅井を支えよと言ってくれた。
それは、上手く言えないけれど、確かに「違う」と感じたのだ。何より...
「長政さまは、市の、夫・・・?」
「そうだ」
自分は長政のもので、長政は市のもの。「市」自身に与えられた。大切な人。
それならば・・・それならば、ただひとつ、この人を・・・
大切な人。市の長政さま・・・誰も傷つけないで。誰も触らないで・・・
「どうして・・・邪魔を、するの・・・」
長政さま。大切な。市の大切なひと。そして、その彼が愛して護るこの土地・・・
「邪魔を、しないで」
昏く深いところ。怖くて怖くて、でも逃げられないその場所。そこから湧き出てくるのは「誰か」の怨念ではなく・・・
「ふふふ・・・あははははは・・・」
いなくなればいい。市の大切なものを奪おうとする輩など。彼を害し、傷つけ、奪おうとする者など、ここにいてはならない。
嗚呼、長政さま・・・市は、貴方の妻なのです。
決して相入れぬと思っていたその闇はひどく心地よく、彼女を包む。地を這う闇をまとい、昏い微笑みを浮かべたその姿は、ひどく美しかった。
なんというか・・・毎度のことながら中途半端な感じになってしまいましたが(汗)色々と、連載ものの関係も含めて市について考えてみたりしているのですが、なかなか難しいですね・・・
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