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初めて出会う
「お前、名は?」
頭の上から聞こえる低い声。けれどまだ若い声だ。捕まったらすぐに殺される。そう思っていた。それなのに、この侍は、名乗れと言う。
「名前は何というんだ?」
もう一度聞かれて、はっとしたように顔を上げる。そこにはまっすぐに自分を見つめる目があった。
片目のお侍だ・・・
戦ばかりの今の世だ。体のどこかしらに傷のひとつやふたつ、侍ならついていて当然なのかもしれない。けれどそういうのとはどこか違う気がした。
「片目の侍は珍しいか」
はっとして、また頭を下げる。思わずじろじろと見てしまった。普通なら失礼なことで、おまけに自分は一揆を起こした農民で、相手は侍だ。無礼討ちにされても仕方がない。しかし、覚悟してぎゅっと目を瞑っても、何もない。それどころか、小さく吹き出すような声がした。
「何も今すぐ取って食おうって訳じゃねぇ。俺はただ、お前の名を聞いてるだけだ。Your name. 判るか?」
「おさむらいが?おらの名を?」
「ああ。まさか名前がない。なんてことはないだろう?」
訳が判らない。侍は農民に名を訊ねたりはしない。それが当然だと思っていたから。
「いつき・・・」
「そうか。俺は政宗。伊達政宗だ」
伊達。というのは聞いたことがある。近年になって、奥州一帯を治めるようになった殿様の名前だ。それまでは小さな藩がいくつも点在していたのだが、それらをひとつにまとめ上げているという。聞けばまだまだ歳若い殿様だということだが、しかしまさか、こんな田舎の一揆討伐に、殿様自らが出て来るとは思えない。
大体にして、いつき達の村は伊達の領地には入っていない。おそらくは手に負えなくなったということで、伊達家に助けを求めたのだろう。
もっともその辺りの事情は、子供のいつきにはよく判らないことで、大人達の会話を繋げてそう考えただけなのだが・・・
「伊達の、お侍さん?」
おそるおそる顔を上げれば、かすかに唇の端を上げている目つきの悪い侍の顔。そうして見ている分には、怒っているようには見えない。ただ、彼の後ろに控えている者達の方が、顔色を変えていた。
「ああそうだな。伊達の侍だ。いつき、お前は?」
「おらは・・・農民、だ」
判らない。何故この侍はこんなことを聞くのだろう。
だって、自分はさっきまで、この侍に牙をむいていた。神から授かった槌を手に、刀を構えるこの男にかかっていった。
大将が誰なのか、詳しいことは聞かされてなかった。もともと寄せ集めにも近い一揆衆が、それだけの情報を手に入れるのは難しい。ただ、本陣にいるのが大将だ。ということだけは知っていたので、物々しく、大きく家紋の描かれた幕を張られた陣へと突っ込み、そこにいたこの男に槌を向けた。
子供とはいえ、神から授かった大槌を振り回すいつきは、弱くはなかった筈だ。けれど侍はそれよりもずっと強かった。いつの間にかいつきは追い詰められ、捕らえられてしまった。
「この一揆の大将は、大槌を振るう子供だという噂を聞いた。いつき、お前がそうなのか?」
そうだ。自分は大将で、もし大将が討たれたのだとしたら、皆に待つのは破滅しかない。だが、まだ自分は生きていて、幸いにも、仲間達が討たれたという声は聞こえてきていない。
まだ、間に合うかもしれない。
「そうだ。おらが大将だ。大将を討てば、終りなんだべ?なら、皆は助けてくれろ」
侍の片目が、静かに細められる。片方だけなのに、射抜かれてしまいそうなほど強烈な印象のある瞳だ。それは確かに恐ろしくて、けれど不思議と、いつきは目を逸らすことが出来なかった。
「皆、苦しくて、食うもんもなくて、仕方なかったんだべ。こうでもしなきゃ、侍は判ろうとしねぇ。だから・・・」
「刃を向けるなら、それ相応の覚悟をして当然だ。斬られる覚悟もなくて、人に刃を向けるってのは、随分甘い考えじゃないか?」
「でも・・・!」
その通りだ。この侍の言うことは、確かに間違ってはいない。けれど・・・
「神から授かった大槌を振るう子供・・・お前が大将で間違いないんだな」
「そうだ!殺すなら、おらを殺せばいい。だから、もうこれ以上、村の皆をいじめねぇでくれ」
「いじめる・・・ねぇ」
彼がその後何やら独り言のように呟いた聞き慣れぬ言葉は、いつきには判らない。ただ、これまで戦った侍達と、この侍は少し違う気がした。
「お前の首でことを収めろ。そう言うんだな」
目を逸らし、うつむいて小さく頷く。侍は首を落とすのだという。けれどいつきは侍ではない。こういう場合は、見せしめとして殺されるのだろうか。どちらにしろ、恐ろしい。でも、このまま皆が殺されるのは嫌だった。
「・・・OK, それで手を打ってやろうじゃないか」
政宗様。と、後ろにいた者が咎めるように声をかけ、他の者達もざわめいている。
「Shut up!大体、奴等をここまで追い詰めてた方が悪い。農民の力なくして、俺達は食っていけねぇんだ。根こそぎ殺して、それからどうする?Ha!そんなこと、よっぽどの馬鹿のすることだ」
この時になって初めて、いつきは彼の中に怒りを見たような気がした。
ああ、こんなお侍もいたんだべ。
もっと早く、出会っていたかった。彼がもし殿様なのだとしたら、この侍の治める土地の者だったら、きっと、こんなことはせずに済んだに違いない。
全てはもう、起きてしまったことで、今更それは変えようもないことだけれど。それでも、まだ間に合うかもしれない。この侍なら、ウソは吐かないと思った。きっと村の者達は大丈夫だろう。
このちっぽけな命ひとつ。それで済むというのなら、きっと神様も喜んでくれる筈だ。
神様、おら、皆のためになっただか?
膝の上に、小さな雫が落ちる。それが己の涙だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
独り戦う。
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