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猫だ猫だと思っていたら
ちょこちょこと、見慣れた桃色の髪が近づいて来る。
広い広い江戸の町。そうは言ってもこちらも管轄というものがあるし、あっちはあっちで拠点となるのは歌舞伎町。そう考えれば出会う確率だって全くのゼロじゃない。それでも会わない時は会わないし、顔も見たくないと思う時に限って顔をつき合わせることになるのが万事屋連中の不思議なところ。
相手の姿を認めたからといって、何もそのたびに挨拶なんてする必要はない。だから遠目に見掛けたからといって、用さえなければ声なんてかけない。
知らない仲ではないが、出来ればお互い、そう親しくしたいとも思わない。そういう連中だ。・・・だった筈だ。
「おーぐしくん!」
人々のざわめきと、たまたま正面を通り過ぎたタクシーの音。それにかき消されることなく届いた声。
ひょいひょいと通りを渡ってくる桃色。聴こえなかったフリをして通り過ぎようとしたら、思いっきり上着を引っ張られた。
「何で無視するか。この腐れオマワリ」
見た目は少女でも、明らかに違う。思いきり上着を引っ張られ、後ろに倒れ込みそうになるのをこらえれば、可愛らしい声で吐き出される毒舌。
「俺ァ今、面倒ごとには巻き込まれたくねぇんだよ」
上着の裾から手を離させて姿勢を整え、胸ポケットを探れば、いつもならある筈の煙草のケースはない。
夜通しかけての捜査がようやく終わって、幸いにも非番だからさて一眠りするかと思ったら、煙草を切らしていることに気付いた。どうしようかと思ったが、とにかく一息つきたいという欲求に負けて外に出たらこの状況。疲れた体と頭に休息が欲しい。ああやっぱり、後にしときゃあ良かったなんて思ったところで後の祭り。
とにかく着替える間も惜しくて出て来たから制服のままで、そうなれば非番だからと言ったところで信じるとは思えない。というよりも、非番だろうとなかろうと関係ないだろう、この娘には。
「判った。じゃあ何だ」
「?」
「・・・用事があるから呼び止めたんだろうが」
「用がなきゃ呼んじゃダメあるか」
「あのなぁ」
溜息。もう怒鳴り付ける気力もない。さてどうしたものかと思っていたら、再び神楽は上着の裾を掴んでいる。
「おい・・・」
裾を引っ張って。顔を近づけて。
「・・・何だよ」
人の通る道端で、制服の上着に顔を近づけてくんかくんかとやられて、何ともいたたまれない気持ちになる。
「おい」
そのままできたから、汗臭くて埃っぽい。この歳になって何だが、ひどく気恥ずかしくなって、上着の裾を引っ張って取り返す。
「おーぐしくん」
「じゃねぇ」
「トッシー」
「ヤメロ。忌わしい」
からかってるのかと苛々して見下ろせば、そこには思っていたのとは違う、ひどく真剣な目をした表情があった。
「どこ行ってたアル」
「関係ねーだろ」
意外すぎて、ややたじろぐ。何だこれ。
「いつものおーぐしくんと違う。甘い匂いするネ。私これ知ってるアル」
あれ、何だこれ。何で俺が責められるように見上げられなきゃならないんだ。いつものって何だよいつものって。お前は俺の女房か。大体・・・
「同じ体に悪いなら、煙草までにしとくのが懸命ヨ。麻薬なんて、オマワリがやっちゃ不祥事なんてもんじゃないだろうがボケ」
「阿呆か!」
ぺしん。と、反射的に桃色の頭を叩いていた。あんまりにも突飛なことを言うもんだから、頭で考えるよりも先に手が出た。それでも総吾相手の時よりはずっとずっと力は加減されてたから、一応それくらいの余裕はあったようだ。
「こりゃ昨日踏み込んだ現場でついたんだ。大体ガキが何でそんなの知ってんだよ」
青い目をちょっとだけ丸く見開いて、それから神楽はそっか。と、呟く。それから
「誰がガキか!レディに対してそんな口きいていいと思ってんのかゴラァ」
「レディが人の上着の匂いなんて嗅ぐか。犬かお前は」
まずレディは「ゴラァ」なんて言わない。絶対言わない。
「そういうワケで俺は疲れてんだよ。用がないなら行くぞ」
ぷぅ。と頬を膨らませたが、神楽もそれ以上言うことはないようで、引き止めない。背中を向けて一歩、二歩と踏み出したところで軽く後ろに引っ張られる。
「あのなぁ」
「酢コンブ」
「はぁ!?」
「酢コンブおごれ」
何でだよ。と思わず呻けば、心配してやったんだから心配料ネ。と、口をとがらせて訳の判らない理屈を言う。
「どうせ煙草買いに行くんダロ」
ああもう勝手にしろ。と、歩き出す。後ろからついてきているのは振り返らなくとも判る。上着の裾が引っ張られているから。
土方にとっては訳の判らない理由から声をかけてきて、自分から寄って来るくせに勝手にこっちに腹を立てて、するりするりとまるで猫のような娘だと思っていたが、今日はまるで違う。
大体いつもの匂いって何だよ。煙草か?そりゃあしょっちゅう煙草臭いマヨ臭いとけなされるが、それにしたって、わざわざ人の上着の匂いなんて嗅ぐか普通。
そんなことをつらつらと考えて、ふと先ほどの神楽の仕種を思い出す。そしてちらと肩ごしに、気付かれないように後ろの様子を伺ってみれば、少し俯き加減で上着を掴んでついて来る姿。
猫だ猫だと思ってたんだが、今日はまるで犬じゃないか。
いつも彼女が連れていた白い犬。それから、幼い頃に近藤の傍にいて、その後ろをちょこちょこと追っていた総吾を思い出して、土方はこの日ようやく、小さくだが笑った。
なんとなく二人で歩いてみる土方と神楽でした。2008年最初の更新がバサラでなくて申し訳ありません(汗)
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